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中山真季

中山真季

モザイクランプローズウィンドウ 中山真季
私たちの見ている世界は1枚の絵です。
それは常にリアルタイムで動いていく絵です。
「私」と「外部」が一体化しているような印象があります。
そして「私」も又、その絵の一部を担っています。

悪の住み着いた絵を眺めてみましょう。
そこには暴動、破壊、事故、汚染、スラム
人間の過剰に行き過ぎた欲やエゴによって汚された情景でしょう。
そこに色はありません。

美しい絵を眺めてみましょう。
自然の草花、小鳥のさえずり、思いやりの街、遊ぶ子供達
そこに悪が踏み入れる余地はありません。
善があふれるのです。善とは調和、安らぎ、平穏、輝きです。

好ましくない絵を私たちは美しい絵に作り変えていくことができます。
ただしそこには、各々が意識を変容させていくという前提になります。
芸術と精神性は切り離せないものだからです。


崇高な芸術に悪は相容れないのです。
美しさにはレベルがあります。
稚拙なもの、まやかしのもの、調和性のないもの
そのようなレベルは悪が立ち入ることのできるレベルです。
人を巧妙に欺きます。
しかし、崇高な美には悪が立ち入る隙を与えません。

そこには本質が宿っているからです。
嘘も隠すことも惑わすこともできません。
人は本当の美を目の前にしたとき、感化されるのです。

「私」も絵の一部です。
「私」が悪に傾いていくとき、醜い姿の絵に担っていくのです。
「私」が善に傾いていくとき、美しい姿の絵に担っていくのです。

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